2007年07月10日

人気の浴衣

浴衣は値段も安く、着付けも簡単なため日本人に最も受け入れられており、子供からお年寄りまで幅広く人気があります。浴衣は元々湯上りに着用していた着物なので、涼し気に見えるよう、白地や藍地、紺地に秋の草花を染めた柄が一般的です。

しかし現在では和服ブームに伴い10代から20代対象の洋服ブランドもこぞって浴衣を製作・販売し始め、原色ベースのカラフルなプリントを施したものも多く出回っています。 昔からある白地や紺地に古典模様の浴衣は「古典的」、今風の鮮やかな彩りの浴衣は「ブランド浴衣」と言われます。

ブランド浴衣の中には、彩りの鮮やかさに加えて生地や素材が斬新なものがたくさんあります。 特に、現在人気なのはレースの浴衣です。 ピンクや赤紫などの女性らしい色に白でさりげなくレースの模様が入っています。 遠めに見ると、レースが生地から浮き出たようにも見え大変美しい浴衣です。

また、長さも短めなものが売り出されるようになりました。 もともと浴衣はたけをみじかめにし、足首がでるように着ますが、現在売り出し中のものには膝丈の浴衣もあります。 対象年齢は主に小学生から中学生むけで比較的低年齢層に人気があるようです。 動きやすいため、小さな子供も転ばずに歩くことができるようになっています。

更に、お手入れがしやすくなっているのも現在の工夫のひとつです。 浴衣のお手入れには頭を悩ます人も少なくないと思いますが、今の浴衣は家庭の洗濯機で簡単に洗うことができるものが多くなっています。 中には防しわ加工が施してあるものもあり、家でジャブジャブ洗って干しておけば洗いざらしのまま次も着ることができます。

また、浴衣生地自体の工夫だけでなく浴衣にあわせる小物類もいろいろと新しいものがでています。 例えば、帯です。 現在は半幅帯とよばれる幅15センチ程度の短いものが人気があります。 これは、通常の長さの帯よりも結び方が簡単でゆかたを着慣れない人にも簡単に結ぶことができます。更に、リバーシブルのものも多く一本でイメージの違う浴衣とあわせることができる点で便利です。

また、アクセサリーと浴衣の組み合わせが今年の流行です。 アクセサリーといえば洋装のイメージですが、それをあえて浴衣という純和風なものと組み合わせることでより浴衣を身近なものにすることができます。

人気の浴衣の傾向としてお手軽さがキーワードになるようです。 手入れも普通の洋服となんら変わらず、普通の服と同じようなアクセサリーをして普通の服と同じような感覚で浴衣を楽しむ。 これが今の浴衣ブームの本質のようです。
ラベル:浴衣 人気
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2007年07月08日

浴衣はここから始まった

浴衣といえば、夏の風物詩ですね。 浴衣が現在のように普段着のひとつとして浸透したのは江戸時代にまで遡ります。 浴衣という漢字はもともと当て字で、本来は「湯帷子(ゆかたびら)」とよばれていたものがだんだんと「ゆかた」になり、今の「浴衣」の漢字があてられるようになっていったと言われています。

湯帷子は、平安時代に貴族が蒸し風呂に入るとき、水蒸気でやけどをしないように着たものでした。帷子とは、麻の着物のことです。 当時はまだコットンは高級品であったため、より安価な麻でつくられたのでした。 とはいえ、平安時代の浴衣はまだ一部の位の高い貴族しか着ない高級品であったことは間違いありません。

浴衣が本当の意味で広く浸透するのは江戸時代後期です。 江戸時代になり、綿の生産量が高まり庶民に普及するとともに、湯帷子も麻からコットンでつくられるようになりました。 麻に比べて肌触りがよく、水分の吸収性が高いコットンは、日常着にふさわしい生地であったといえます。

また、江戸時代には銭湯も庶民の間に広がっていきます。 こうした銭湯の普及に加え、コットンの浸透とともに湯帷子は、だんだんと風呂の中で着る着物から風呂上りのちょっとした外出着へと変化していくようになります。 更には、当時の天保の改革の下での倹約政策の影響で庶民が絹を着ることができなくなったことも追い風となり、湯帷子はますます外出着として発達していきます。 こうした銭湯の普及、綿の浸透、絹の着用禁止により着用の機会が増えた湯帷子はいつしか「ゆかた」と略されるようになり現在の「浴衣」となりました。 こうして、完全な外出着として人々が日常的に浴衣を着るようになると、その染めの仕方も高度なものになっていきます。

特筆すべきは、藍染の技法が生まれたことです。 江戸後期には、文様を染める長板本藍染の技法が生まれました。この藍染は、絹に染めるのと同じ様な細かい文様を木綿に染める技法で、この藍染により浴衣は絹の着物に負けないほど優雅で美しいものになりました。 こうして浴衣はあっという間におしゃれな江戸っ子の心をつかんだのでした。 この藍染技法の中心地は神田でした。 戦後は江戸川の上流埼玉県の方へと移動していく技術者が多くなりましたが、その心構えはやはり江戸職人。 そのプライドは今の時代にも引き継がれ、職人は誇りをもって仕事を続けています。 現在では量産できる“注染”がゆかたの中心になりましたが、長板染の文様や色づかいの伝統は今もその中にそのまま生かされています。
ラベル:浴衣 起源
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